13 Jun瑞泉寺

石田光成の陰謀か?はたまた秀吉に実子ができたからなのか?

1595年8月2日、悲劇が起こりました。

謀反の罪を着せられ、豊臣秀次が切腹させられ、御首のみ

三条河原にさらされました。なんと、その前に一族が引き出され、

子ども、側室を含め計39名が次々と処刑され、大きく掘られた穴の中に

投げ込まれていったのです。それから16年後に一族を弔うために

建てられたのが瑞泉寺です。

門

繁華街にあるとは思えないくらい、一歩中に入ると、とても静かで、

また丁寧に手入れが行き届いています。

藤棚

当時、穴の上に塚が築かれ、頂上に秀次公の御首を納めた石びつが

置かれ、三条大橋を渡る人々への見せしめにされたそうです。

その塚があった位置に、現在の本堂があります。

本堂

当時の石びつは、境内にある一族のお墓の石塔中央部に

安置されています。400年ほど前の出来事とはいえ、心が痛みます。

今でも秀次公を慕って、お参りされる方がたくさんいらっしゃるそうです。

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