06 Oct島原④

先週からの続きです。

島原の輪違屋さんとともに公開されていたのが、江戸時代、京都で一番大きな

揚屋だった「角屋」さんです。角屋は、江戸時代の揚屋建築を残す

唯一の遺構ということで、明治47年に重要文化財に指定されました。

角屋外観

揚屋には4つの特徴があり、1つは大きな台所。

おくどさん2

お客様をもてなすための大小のお座敷。

宴会場

目の保養のためのお庭。

松2

そしてお茶室。この4つを兼ね備えたところが、はじめて揚屋と呼ばれました。

揚屋の由来は、もともとはこのような大きなところではなく、

1階は台所と経営者の住まいと従業員の休憩場所だけでした。

お客様をお通しするお座敷は全部2階でした。

お客様を2階へ揚げるという意味で揚屋といわれたそうです。

それが規模が大きくなり、1階にも部屋を作りましたが、名前だけが残りました。

揚屋である角屋のお客様から招待状が届くと、

承知した太夫が輪違屋から角屋まで太夫道中で向いました。

先週、ご紹介した輪違屋さんにある近藤勇直筆の屏風は、

角屋さんに遊びに来た近藤勇が、太夫に書いて与えたものだそうです。

株式会社IPSコスメティックス インコ

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